ミセス・ロウのシンガポール/石垣島デュアルライフ

50代から二拠点生活。都会&田舎で暮らす。

「ハンバーガーしか食べない」ビル・ゲイツが出資する会社が中国でベジタリアン・バーガーを売り出す理由。

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2か月のロックダウンで道端の雑草が花盛りに。

1980年代後半。当時の上司が来日中のビル・ゲイツ氏(まだWindows発売前のMS-DOS時代でベンチャーの旗手としては有名だったが今ほどの世界的著名人ではなかった)を接待することになり、頭を抱えていました。

 

下戸とはいえそれなりに美食家で、外人受けする寿司屋やら天ぷら屋やらしゃぶしゃぶ屋やらをよく知っている上司がなぜそんなに悩んだのか? その理由は「ビルはハンバーガーしか食べない」からでした。

 

あからさまに嫌な顔をしないものの、当時の彼は大変な偏食で、自分が食べ慣れたもの以外にはほとんど口をつけなかったそう。さすがに接待でマックに行くわけにもいかず、当時はまだバブル前で高級ハンバーガー屋もほとんどなかったため、連れていくところがないと上司は嘆息していたのです。

 

時は流れて2020年。

 

世界一の大富豪となったビルはビジネスの第一線を退き、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立して社会貢献に勤しんでいます。そしてこの財団が時価1300万ドル(約14億円)(2019年9月末での保有残高にて計算)もの出資をしている会社、ビヨンド・ミート社こそゲイツ氏の大好物、ハンバーガーのパテが主力製品の会社です。

 

しかし、同じハンバーガーでもこの会社のバーガーは一味違います。いっさい肉を使わない人工肉、動物性食材を全く使用しないヴィーガン・バーガーなのです。

 

ビヨンド・ミートは2009年、イーサン・ブラウン氏によって設立された人工肉製造販売会社。設立当初からビル・ゲイツTwitter創業者ビズ・ストーンをはじめ、著名ハイテク企業創業者らから投資を募って急成長。2019年にはNasdaqにも上場し1年間で売上240%増と驚異的な成長を遂げつつあります。

 

主力製品はバーガーパテですが、それ以外にも人工肉ソーセージやミートボールなど製品ラインアップは多彩で、米国内のホールフーズやテスコなど全国チェーンスーパーで販売する他、輸出にも積極的。私が住むシンガポールでもスーパーやネットスーパーで手軽に購入でき、日本市場でも販売間近と聞いています。

 

そんなビヨンド・ミートのバーガー・パテを使ったハンバーガーが2020年6月3日、つまり昨日から中国で販売開始というニュースが報道され、投資家の間で話題になっています。

www.cnn.co.jp

 

この記事によると、中国のファストフードチェーンのフランチャイジー、ヤム・チャイナ社と提携し、北京、上海、杭州成都の4都市のKFC、タコベル、ピザハットで試験販売。うまくいけば大々的に全国展開する見通しとなり、株価が急騰して、コロナショックで低迷していた5月中旬の最安値の2.4倍近くになるという大逆転劇となっています。

 

なぜ今、中国なのか?

 

いうまでもなく中国は世界最大の食品市場。異様なまでに食に執着し「椅子以外の四つ足は何でも食べる」と言われる14億人が、世界各地の最高級食材からワシントン条約違反の希少動物まで貪欲に探し求めて輸入する国です。世界中の食品製造業者の販売ターゲット市場としては、もちろんじゅうぶん魅力的。

 

しかし、ビヨンド・ミート社の製品はいくら「肉そっくり」と言っても所詮は本物のミートではないまがい物。世界最高の和牛をはじめ美食に慣れた中国人が先を争って買い求めるとはとても思えません。

 

しかも主戦場は富裕層向けの高級市場ではなくミドルクラス対象のファスト・フード。だいぶ値段がこなれてきたとはいえ、シンガポールでもパテ2枚パックで約800円、つまりバーガーパテだけで1枚400円もコストがかかる人工肉ハンバーガーが飛ぶように売れるものでしょうか?

 

通常であれば、まずはミドルクラスの平均所得が中国より高い、先進国のファスト・フードチェーンである程度の実績をつけてから中国市場参入、と考えるのが順当だと思います。反対に、その過程を飛ばしていきなり中国を主戦場に選んだのには、実は切羽つまった事情があるのはないかと思うのです。(ビヨンド・ミートのコンペティター、インポッシブル・フーズは米国内のバーガーキングやマックなどで人工肉バーガーを販売していますが、まだまだ成功というには遠く及ばない状況のようです)

 

wired.jp

 

昨年はブラジルのアマゾン川流域で大規模な森林火災が起き、国際的なニュースとなりました。アマゾン森林火災は毎年のように報道されますが、昨年は近年になく件数が多く、その煙は遠く離れたサンパウロまで届いたといいます。こうして裸になった土地は主として農地として利用されます。

 

では、このように拡大してきた耕地で、いったいどんな農産物を作っているのでしょうか? ブラジルはBRICsの一角を占め、めざましい経済成長を遂げてきた国ですが、経済発展とともに人口が爆発的に増えて、米や小麦栽培を増産する必要にかられているのでしょうか? 

 

確かにブラジルは農業大国で、大豆は輸出品目2位に挙げられます。いっぽう、近年めざましく輸出が伸びているのが食肉。ブラジル産鶏肉はスーパーでみかけたことがある方も多いと思いますが(シンガポールでは冷凍鶏肉はほぼ100%ブラジル産)、流通量こそ少ないものの金額ベースで鶏肉に比肩するのが牛肉輸出なのです。

 

2019年のブラジル牛肉輸出量は約183万トンで前年比12.4%増。金額ベースでは約27億ドル(約2900憶円)で全輸出量の約8割が中国向け。牛肉生産量は右肩上がりで伸び続けていますが、国内需要より海外需要が強く、2020年には260万トンの輸出が見込まれるそうです。いっぽうの中国の2020年の牛肉輸入予測量は290万トンとなっていますので、ブラジルの牛肉生産量の伸びはイコール中国の牛肉輸入量の伸びと考えていいでしょう。

 

中国ではもともと「肉」といえば豚肉をさすほどで、牛肉の消費量はさほど多くなかったのですが、開国・経済成長が始まった80年代後半から一貫して牛肉消費量が伸び、国内消費量はこの頃と比べて10倍以上になっています。

 

それにつれて国内牛肉生産量も伸びて90年代には一部輸出もしていたのですが、国内需要に供給が追いつかないため内需に回るようになり、それでも足りずに2010年代からは輸入が始まります。そして2013年にはたった41万トンだった輸入量が290万トンまで7倍近くに膨れ上がったのです。

 

さて、ブラジルの食肉牛飼育は国土の狭い日本と違い放牧型で、2013/14年度の統計によると1ヘクタールあたりの飼育頭数は1.3頭。体重約700㎏の牛からとれる食用肉は約230㎏ですから、1ヘクタールあたりの肉量は約300㎏。ここまで育てる年数を考慮しなければ、260万トンの食肉生産には870万ヘクタールの耕地面積が必要であり、日本の国土面積の約23%になります。たった10年ほどでこれだけの草地面積が必要になったわけですから、熱帯雨林を伐採して調達する必要があったのです。

 

問題は森林伐採だけではありません。

 

牛1頭が1日にげっぷやおならとして排出するメタンガスの量は1日あたり160から320リットルと非常に多く、世界のメタンガス発生量の約24%が家畜により発生すると言われます。2015年の数値ではメタンガスが世界の温室効果ガス排出量の16%を占めており、しかも、同じ量のメタンとCO2を比較した場合、メタンには28倍もの温室効果があるというのです。

 

つまり牛の飼育頭数が増えれば増えるほど、地球環境が急激に悪化していくのです。

 

ビヨンド・ミート創立者のブラウン氏も、投資者であるゲイツ氏も当初からこのビジネスを単なる食品ビジネスとは考えず、環境問題を解決し、人々の健康や動物愛護に寄与する事業と位置づけています。そんな彼らが昨年のアマゾン大規模森林火災や急増する中国の牛肉輸入量を目の当たりにしたとき、企業ミッションとして中国市場での一定のシェア確保が喫緊の課題であると考えたのではないでしょうか。

 

 

mrs-lowe.hateblo.jp

 

この記事でも書きましたが、今回のコロナ禍を数年前から予測し警告していたジャーナリスト、クオメン氏は、エボラ熱、HIVSARS鳥インフルエンザなどの感染症の頻繁な流行は森林伐採により野生動物と人間や家畜の居住域が接近したために起きたものだと述べています。

 

その上で今後の予防対策として私たちができること(しない場合は今後も繰り返しコロナのような世界的疫病流行が数年おきに発生する)として、旅行を控えること、子供をたくさん産まないことと並び、肉、特に牛肉をできるだけ食べないことを推奨しています。

 

たまに食べれば牛肉はごちそうですが、日常的に牛肉を食べるようになればなるほど、地球環境が破壊され、そのツケは私たちの命という形で払わされることになるのです。

 

ビル・ゲイツ氏はベジタリアンではないそうですが、ハンバーガーしか食べなかった彼が、人工肉バーガーしか食べなくなる日も遠くないかもしれません。