ミセス・ロウのシンガポール/石垣島デュアルライフ

50代から二拠点生活。都会&田舎で暮らす。

「発展」に疲弊するシンガポールの若者たち

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昨日7月10日、5年に1度のシンガポール選挙が終了した。

 

結果は、93議席中、与党PAP(People's Action Party)が83議席を確保して圧倒的多数は守ったが、野党労働者党(Workers’ Party)が2選挙区10議席を獲得し躍進。与党の得票率も前回から9ポイント近く落として61.2%と、国民の3人に1人以上が野党を支持という結果に終わった。

 

これを受け、リー・シェンロン首相は「信任を得た」と勝利宣言しつつも、国民の声を真摯に受け止めると表明。実際、野党が獲得した2選挙区の他にも予想以上に与党が苦戦した選挙区はいくつもあり、次期首相の座が決定しているヘン財務大臣が送り込まれた選挙区でも30代の人気女性候補率いる労働者党が46.59%を獲得して勢いをみせつけた。

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今回の選挙はシンガポール史上初めて、全選挙区に野党候補が立候補。さらにコロナ対策のため集会が禁止されて1日中選挙ニュースがテレビで放送されることとなり、選挙権をもたない永住者である私もエキサイト。私が住む地域もベテラン議員を複数抱えながら接戦で野党が40%以上の票を獲得した。

 

終結果は与党の勝利に終わったものの、今回の選挙が意味するのは、野党の大躍進=与党への国民の支持低下とみて間違いないと思う。アジアの国々の中でも有数の繁栄を誇り、日本の1.5倍もの1人あたりGDPを享受するシンガポールで、その舵取りをする与党に厳しい選挙結果が出た理由はなぜか?

 

最大の要因は政府のコロナ対策における失策だろう。

 

シンガポールの7月10日時点のコロナ罹患者数は4万5千人と、日本の2倍以上であり、香港、台湾、韓国など他のアジア先進国と比べてもけた違いに多い。しかし、その大部分が外国人建設労働者で占められていて、自国民の感染率は極端に低く、100万人あたりの死亡者数もわずか4人にとどまっている(日本は8人)。この最大の原因は外国人建設労働者クラスターが発生した際の政府初動対策の失敗だ。

 

南アジア系の労働者が圧倒的多数を占める外国人建設労働者が住む寮には、以前から過密で劣悪な環境の寮が多いことが知られており、人権団体などが政府に対して改善を要求していた。今回もこのような寮が感染の温床になり爆発的に感染拡大(同じ寮でも感染が広がらなかった所もあり、その違いはやはり過密かどうかだと労働者たちが証言している)。シンガポールはロックダウンをせざるを得なくなった。

 

いっぽう、コロナには感染しなかったものの、ロックダウンの結果として職を失ったのがシンガポールの一般市民だ。シンガポールの経済紙『ビジネスタイムズ』は2020年の解雇は小売り、航空、観光業界を中心に10万人以上、失業率は4~5%になる可能性があると予測。中から低所得者層を中心に国民生活を直撃している。

 

では、なぜ優秀なことで知られるシンガポール政府は、外国人建設労働者の感染対策を直ちに講じなかったのか?

 

選挙期間中、政府は対策を講じなかったどころか、雇用者に対して発病者を病院に連れていった場合はその労働者の労働ビザを取り消すという通達を出したと野党が告発した(これに対し政府はこの情報はデマであり、そのような事実はなかったと反論)。しかし、有権者たちは、政府が労働者寮の規制を強化し環境改善に動き始めた際に「建設コストが増大するため住宅価格の高騰はやむを得ない」と言及したことを思い出して、さもありなんと納得した。

 

政府は国民に対して、経済発展のためには労働者の環境(この場合は外国人労働者の住環境)をある程度犠牲にするのはやむを得ない、と考えていることを露呈してしまったのである。

 

同様の政府の考え方は教育行政にも言える。シンガポールの教育は世界でも有数の質の高さを誇り、最新のPISAの結果でも中国に続き3分野すべてで2位。国民の大半がバイリンガル以上であることでも知られる。

 

しかしその実態は、幼稚園からの塾通いを肯定し、大学に至るまで熾烈な受験競争を子供に強制。親には多大な教育費の支払いが重い負担となってのしかかっていて、落ちこぼれた子供たちが非行に走り、麻薬中毒になるティーンエイジャーが年々増加している、というお世辞にも理想的とはいえない状況だ。

 

このように経済発展を最優先し、その目標に向けて国民をひた走りに走り続けさせてきた与党に対し、今回の選挙結果は「もういい加減にしてほしい」という国民の悲鳴であったと私には思える。

 

実際、コロナ失業対策として今後10万人の雇用を約束するという与党公約にも、国民の再教育を奨励し、訓練機会を与えるという条件がついていた。つまり、今までと同じスキルレベルだったら失業して当然なのだから、国民は自分の力でレベルアップすべし、その後押しを政府はする、というのである。

 

物心ついた頃から必死に勉強し続け、やっと働き始めても労働の傍ら常に教育訓練を受けて死ぬまでスキルを磨き続けなければいけない。自分たちの人生のすべてを経済発展のために捧げ続けなければいけない、という国の要求に、特に若い世代の国民が「ノー」を突き付けたのが今回の選挙結果ではないかと私は思う。

 

選挙では敗れたものの、労働者党の若い候補者たちが健闘した私が住む地域の選挙区の36歳の労働者党員、ナタニエル・コー候補のシンガポールの将来への希望の項目には胸を打たれた。

 

その中で彼は「これ以上のショッピングモールや住宅プロジェクトではなく、緑にあふれた環境を取り戻したい」、そして「シンガポールを成功させるというパイオニア世代のミッションは完遂された。私たちに新たなミッションをみつけさせてほしい」と語っている。

 

経済発展と豊かさに向けて邁進してきたシンガポールの時代は終焉を迎えつつある。