ミセス・ロウのシンガポール/石垣島デュアルライフ

50代から二拠点生活。都会&田舎で暮らす。

凍てつく狂気 - 広垣彩子のガラスの世界

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内臓を連想させる核に無数の極細ガラス棒が突き刺さる。

今月19日~27日まで、シンガポールではSAW(Singapore Art Week)2019が開催され、あらゆるジャンルのアート・イベントが行われました。

しつこい風邪に悩まされつつもできる限りたくさんのイベントに参加しようと、ギャラリーにシアターにアートツアーにワークショップにと、日頃の引き籠り生活から突如アクティブに変身。合計で7イベントに参加してきました。

 

頑張った最大の収穫の一つがこちら。

 

半公営ギャラリー(シンガポール政府所有のギャラリーを民間の各画廊が運営)Gillman Barracksの一つ、日本のミズマ・ギャラリー経営のMizuma Gallery Singaporeで行われていた富山のガラス作家展。

 

さすが日本の作家さんたちの技術力! と唸らせる精緻で繊細な作品の数々の中でも、特に異様な光を放っていたのが広垣彩子さんの作品です。

 

トップの写真の作品は女性が両腕で抱えられるくらいの大きさ。

 

血管様の模様が表面を縦横に這うどろりとした半固体の物体に、無数のガラス棒が突き刺さり、そこからゆるゆると流れ出てしまうのを押しとどめているように見えるオブジェです。ガラスの硬質で冷たい質感を通しても(むしろだからこそ)、中に存在する物体の柔らかさや脆さが強調され、その増殖を阻止する無機質なガラスの威圧感が迫ってきます。

 

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こちらは少女(若い女性かも)の上半身をどろりと覆いつくす粘液(もしくはカビ状の菌)とそれに突き刺さる無色透明の千本針のようなガラス棒。

 

若い肌のはちきれそうな生命力を打ち消すように白濁した異物が少女に覆いかぶさり、少女の五感すべてを遮っています。特に少女の腹部には厚く雲のように固まって密集し、まだ成熟しきらない薄い腰の生殖器の内側にまで侵入していく不気味な勢い。

 

少女を外界から遮断し、身体の内側まで入りこんで少女の存在そのものを変質させようとしているかのように見える物質に対して、少女はしかしそれほど恐れを抱いているようには見えません。

 

静かに増殖し、身体や細胞を蹂躙していく異物に飼い慣らされ、恐怖を忘れさせられた狂気。凍りついた叫びは輝く個体となり、どこまでも細く長く伸びて柔らかな細胞に鋭く突き刺さる。

 

私が草間彌生の作品を初めて見たのはもう40年近く前のことですが、まだ高度経済成長時代の余韻を残しバブル経済にこれから入っていこうとするあの時代だからこそ可能であった無限に増殖する生々しく熱い狂気とは正反対に、これらの作品は閉じられた世界で徐々に内臓を浸食し、身体の内部から生命の力を遮断していく凍てつく狂気を表現しているような気がします。

 

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Mizuma Gallery前のベンチでランチ。