ミセス・ロウのシンガポール/石垣島デュアルライフ

50代から二拠点生活。都会&田舎で暮らす。

シェイクスピアの国の実験劇に感心する。~ A Fortunate Man by New Perspectives

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Singapore Art Weekと同時開催された今年のSingapore Fringe Festival。”Still Waters"(静かな水)をテーマに、国内外の小劇団やダンスカンパニーのパフォーミング・アーツが披露されました。

 

今年私が観ることができたのは、イギリスの小劇団New Perspectivesによる実験劇、A Fortunate Man。

 

登場人物は男性と女性の2人の役者さんのみで、スクリーンにモノクロの映像が映しだされいく他は、小道具などのセットも役者自身の手で劇中に移動させながら芝居が進行していくという非常にシンプルな構成でした。

 

劇中では、50年前に実直なイギリスの村医者の日常を描いた『A Fortunate Man』という写真と文章で構成される本の主人公、ジョン・ササールが本の出版から15年後に自殺したという事実を元に、何が彼を死に追い詰めたのか、本の朗読と役者たちのモノローグから浮かび上がらせていきます。

 

途中、ササール役の役者が入れ替わったり、自殺の場面が何度も見方を変えて再現されたり、2人が同時にまったく関係ないことを話し続けたりと、かなりアバンギャルドな展開。それでもしっかりと主題や主張が伝わってくるのは、やはり役者のスキルが非常に高いからに他ならないと思います。

 

特に感動したのが、物語の前半に2人が本から読み上げるイギリスの田舎の朝の描写。散文にもかかわらず詩の世界のような美しい言葉が、その言葉の意味を的確に表現する口調で語られ、まるで私自身がその時、その場所に実際にいるような錯覚を覚えました。

 

大がかりな大劇場芝居のような派手な演出はまったくありませんし、日本の小劇団に比較的多くみられる、音楽や照明、そして饒舌なセリフやアクロバティックな身振りで感情を高めていくような演出はいっさいなく、あくまでも言葉の力を最大限引き出そうとする方針に、さすがシェイクスピアの国の芝居であると感銘を受けました。

 

後から知ったのですが、この劇団は5人の教師が当時の社会問題を扱う芝居を公演するために1972年に旗揚げしたたいへん由緒ある劇団で、イースト・ミッドランズのノッティンガムという地方都市を本拠とし、かなり早い時期から劇団の使命を、劇場のない田舎の人々に良質で新しいコンセプトの芝居を届けることとして活動を続けてきたようです。

 

世界的な都市化の潮流の中で、大都市への一極集中が進み、日本をはじめ多くの国で、最先端の文化に触れたいと若者たちが生まれ育った地方を捨てて大都市に移住してしまうという現状が問題視される中、このような芝居が人口の少ない田舎で日常的に公演されているイギリスという国は、やはりシェイクスピアが生まれた、芝居の伝統が脈々と受け継がれてきた国なのだと再認識させられました。

 

機会があれば今度はぜひイギリスの田舎で、この劇団の芝居を観てみたいです。