ミセス・ロウのシンガポール/石垣島デュアルライフ

50代から二拠点生活。都会&田舎で暮らす。

映画評:『グリーンブック』~ プロパガンダでは差別はなくならない。 

アカデミー賞作品賞受賞映画『グリーンブック』を観てきました。

 

1962年晩秋。イタリア系労働者階級出身の用心棒兼運転手のトニーと、アフリカ系アメリカ人の高名なピアニストでカーネギーホール上階に住んでいる超インテリのドク(博士)2人が、コンサートツアーで南部の諸都市をキャデラックで巡るロードムービー。

 

まだ黒人が公民権を得ていない時代。東部ニューヨークではトニーの妻が黒人のことを「ニグロ」ではなく「カラード(有色人種)」と呼んだり、修理にやってきた配管工に飲み物を出したりする程度には差別がなくなってきていますが、夫のトニーは飲み物を出したコップをゴミ箱に捨てるほどの差別主義者。しかし、家族の生活費を稼ぐために仕方なくドクの運転手になります。

 

いっぽうのドクは、白人の音楽であるクラシックピアノ奏者として世界的名声を得ており、教養も豊か。しかし、それゆえに自分自身の家族を含めた一般の黒人とは隔離された生活を送っており、自分のアイデンティティを求めて「東部で演奏すれば3倍の収入になる」という環境をわざわざ棒に振って、2カ月間の南部公演の旅に出るのです。

 

最初はまったく話がかみ合わない2人ですが、南部でのさまざまな差別や理不尽な対応に対処しながら旅を続けていく間に、互いに胸襟を開き、尊敬の念を抱くように。そして最後には、まるで家族の一員のようにドクを温かく迎えるファミリー。

 

この作品のオスカー受賞について「ホワイトすぎる」と非難の声も上がっているようですが、私は次の3点で特にこの作品を高く評価します。

 

1.ユーモアあふれる作品であること

この映画、分類はシリアスドラマではなく、コメディーです。

とにかく脚本がすばらしい。

最初にトニーがドクを紹介してくれる大物に取り入るところから、3分に1度は笑わせてくれます。そしてその後、ほろっとくるシーンが挿入される。

差別はよくない、といくら大上段に構えてプロパガンダを展開しても、人間の偏見というのはそうそう簡単に変わらないもの。それを突き崩すには、笑いの力が最も大きいのではないでしょうか。

アメリカ南部の差別にユーモアで立ち向かう、という意味では、私の最も好きな映画の一つである『フライド・グリーン・トマト』を思い出しました。

 

2.音楽の力の素晴らしさ

最初にトニーが「ドク、すげえ!」と感嘆するのは、初めて彼の演奏を聴く場面。

ドクがただのインテリであれば「世界の違う人」で終わってしまう設定なのですが、トニーが全く知らない(彼はカーネギーホールがどういう場所なのかも知らない)クラシック音楽を聴いても感動してしまうほどに、ピアニストであるドクは最高の「職人」なのです。

また、黒人は差別するのが当たり前なトニーも、ラジオで聴く音楽のスターは黒人ばかり。ドクに「こんなすごい曲知らないの?」と軽口をたたくほど、黒人音楽になじんでいます。音楽の力は笑いと同じく、聴く人に感動をもたらすという意味で差別を乗り越えるために不可欠なのです。

 

3.ずば抜けた役者の演技力

トニー役のヴィゴ・モーテンセンもドク役のマハーシャラ・アリもとにかく芸達者。

『ロード・オブ・ザ・リング』のヒーローがあれだけ太ってまったく違う人格になったり、超絶技巧ピアノ曲に合わせて長い指を優雅に動かしたり、もはや同じ人間とは思えない大技の連続ですが、助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリの演技はずば抜けていました。

黒人差別を当然のものと考える南部の裕福な聴衆たちの前で、「東部から来た高名なピアニストのダン・シャーリー氏です!」と紹介される度に浮かべるひきつった笑顔が特に印象的。彼らがどれだけ傷つけられてきたかを象徴する演技です。

この映画は彼ら2人の役者の力がなかったら成立しなかったと思います。2人をキャスティングした監督の力量に感服です。

 

黒人をテーマにした映画というと、今年やはりアカデミー賞3部門を受賞した『ブラックパンサー』があります。

 

こちらも「ブラック・イズ・ビューティフル」を地で行った映画という意味では高く評価できますが、その他の人種との接点がまったくなかったところが残念といえば残念。

この映画、うちの娘とそのクラスメートのマレー系の子と観たところ、2人とも感情移入できなかったようでかなり引いていました。子供向きだと思ったのに…。

sinlife2010.jugem.jp

 

日本では『グリーンブック』今日から公開ですね。お金払って劇場で観て、決して損のない映画だと思います!