シンガポールの成功は都市計画の勝利であること。
オフィス街のホーカーセンター、Maxwell Food Centre でランチをしたついでに、夫が「すごく面白いから」というので向かいのURAセンター1FにあるSingapore City Galleryを見学してきました。
URA(Urban Redevelopment Authority 都市再開発庁)はシンガポールの都市計画を一手に担う政府機関で、このギャラリーの展示は毎年の予算編成で決定した再開発計画を紹介。
併せて将来の都市ビジョンもわかるようになっています。
入ってすぐに目につくのは、現在、重点的に開発中のシンガポール島、西部と北部エリア。こちらはPunggolという北部地域に計画されているデジタルパークの完成予定模型です。
北部エリアは住宅や工業団地だけでなく、自然を満喫できるレジャーパークなどの整備も同時進行中。
海岸沿いに北部地域をつなぐ新しいパーク・コネクター(公園と公園を数珠つなぎにして各地点を結ぶ歩行者や自転車専用の遊歩道。現在たいへんなスピードで整備されていて、将来的にはこの遊歩道で島内のあらゆる場所に行けるようにする計画。現在でも、例えば、これを使うとチャンギ空港からマリーナ・ベイ・サンズまで車道を使わずに自転車で行けます)整備計画も公開されています。
こちらは現在も埋め立て工事が続くチャンギ空港の拡張計画図。今月半ばの巨大ショッピングセンターオープンを控え、さらに埋め立て工事も進行中です。
地区ごとに現在の土地使用状況も展示。
我が家はぎりぎりセントラル・エリアに入っているのですが(国会議事堂まで徒歩1時間半)、このエリアでも住宅地がほとんどで、逆に上記のデジタルパークのように、オフィスは中心地より少し離れた郊外にもっていこうとしていることがわかります。
その最大の理由「職住接近」は、都市開発の重要なテーマであることが展示の随所に示されていました。
通勤・通学に関する計画の骨子や、リクリエーション(基本的にアウトドア活動ですが)をどうするかという説明パネルもあります。
そして圧巻だったのは、何といってもこちら。
シンガポール島の現況が再現されている模型。
正面のビデオスクリーンで各地域の現況を紹介するほかにも、
今後の計画もわかりやすく説明。紫のライトは現在の地下鉄網を示しています。
以前はバスの交通網に通勤・通学の交通インフラの大部分を依存していたシンガポールですが、将来的には全住民が地下鉄駅まで歩いてアクセスできるようになる計画だそうです。
ケント・カルダー著、長谷川和弘訳『シンガポール スマートな都市、スマートな国家』によると、シンガポールの都市計画は二段階のステップを踏み、URAによって策定されます。
最初はコンセプト・プランという40年から50年にわたる、将来的土地活用と交通開発という公共政策における全体的アプローチの特色を明確化するもの。URAが策定し、政府の他機関や国民からのフィードバックを考慮して10年毎に改編。
次が、マスター・プランという10年から15年の時間軸でより詳細な運用計画に落とし込んでいくもの。こちらは5年毎に見直し。
十四年に公表された「二〇三〇ワーク・ライヴ&プレイ・プログラム」において、国家開発者は「スマート・ワーク・センター」を唱えているが、これは「労働者が実質的にどこからでも誰とでも、いつでも柔軟に業務を遂行できる」ということを提唱し、先述したような重要な土地利用に関する課題を巧みに解決しうるものである。(中略)
住居に近接する場所に業務環境を整えることで、エネルギー、環境、交通と言った問題を同時に、全体的に改善しようとする。
例えば、地下鉄網整備や郊外への工業団地の設置などはこの目的の具体化でしょう。私の知人の中にも、以前は街の中心にあったオフィスが郊外に移転になり、それに合わせて郊外のオフィスの近くに家を買った、引っ越したという人がけっこういます。
2017年のシンガポールの1人あたり名目GDPは、57,713USD。米国の59,531USDに比肩する高さであり、アジアにおいては1位のマカオ(77,111USD)に次いで2番目。4位の日本(38,448USD)を大きく引き離しています。
日本と同じく資源がほぼ全くなく(水資源に限れば日本のほうがずっと恵まれています)、地理的・人的資源のみに頼ってきたシンガポールがここまでの成功を収められた秘密を考えると、その違いはやはりこの長期間にわたる都市計画の策定と実践の有無だったのではないかと考えざるをえません。
戦後最貧国の一つだった状況から抜け出すために、このような理想的な都市を50年以上かけて地道に作ってきた結果として、世界中から高い技術をもつ人々を呼び寄せて多岐にわたる産業を育成し、国民の大部分が納得して与党政権を支持する政治システムを維持し、住民のみならず観光客も惹きつける「美しい」ガーデン・シティを自らの手で作り上げてきたのがシンガポールであり、その立役者がURAなのです。
その過去と将来を思うとき、いろいろな問題もあったとはいえ、やはりこのグランド・デザインの最初の一歩を描いて踏み出した(そして数十年間にわたり、強力なリーダーシップをもって実行した)故リー・クワンユー元首相の偉大さに改めて敬服せざるをえないと思うのは、決して私一人ではないと思います。
最後になりましたが、エントランスにはお洒落なブック・カフェ。
ここには、シンガポールの都市計画の歴史や建築に関する本が豊富に取り揃えられてますので、寄ってみるといいと思います。